• HOME
  • イベントレビュー
  • 特別座談会:「ダイバーシティ」を実現しているビジャレアルCFのサッカー指導者、佐伯夕利子さんと考える「ダイバーシティ」とは。

特別座談会:「ダイバーシティ」を実現しているビジャレアルCFのサッカー指導者、佐伯夕利子さんと考える「ダイバーシティ」とは。

佐伯夕利子
(サッカー指導者(ビジャレアルCF))
×
清水敬太
(株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)
×
湯川カナ
(一般社団法人リベルタ学舎代表)


閉鎖的な男性社会であるスペインのフットボール界で、さまざまな妨害を受けながら、「女性」「アジア人」でありつつ、スペインナショナルリーグ初の女性監督となった佐伯夕利子さん。
現在所属しているビジャレアルは、人口5万人の小さな街の小さなクラブでありながら、女性チーム、知的障碍者チームなどを設置するなど、クラブ全体で、ダイバーシティを実現しています。

佐伯さんと長年の付き合いであり、自身も多様性や人材育成の研究と実践をしている立場である、リベルタ学舎代表の湯川カナが今回、佐伯さんがスペインから帰国したタイミングにあわせて、改めて「ダイバーシティ」ってなんだろう?ということを考える機会をつくりたいとお願いし、喜んで引き受けてくださいました。

それならばぜひ一緒にお話を伺いたいと手を挙げられたのが、「ドン・キホーテ」などを運営している、株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(以下、PPIH)のCFO、清水敬太さん。PPIHは「多様性を認め合う」ことを企業理念でも謳い、近年はダイバーシティ推進に加えてESG全般の活動を強化しており、清水さんはその中で推進役を担われています。

世間で頻繁に使われるようになった、「ダイバーシティ、多様性」。そもそもダイバーシティとは。



「女性が活躍することはダイバーシティの一部であって、全員が活躍しやすいような場をつくることが本来必要なはず」(湯川)


湯川:ゆりちゃんと出会ったのはスペイン在住時の2004年頃、サッカーの指導者として活躍しているのを取材させていただいたのがきっかけで。
それからの付き合いだけど、ゆりちゃんに出会って人生真面目に生きようと思って、中途半端なライターの仕事を辞めて大学に入りなおしたくらい。
人生の転機のきっかけをくれたゆりちゃんです。 清水さんはゆりちゃんの本も読んでらっしゃるとか。
会社でもダイバーシティマネジメントを推進されているんですよね。

清水:PPIHにCFOとして入ったのは2021年4月ですが、元々それまでいた会社でも多様性を認めて人を育てる、秘めた可能性を見出して大きく活躍してもらう、ということをずっとやっていました。
PPIHでも引き続き意識して取り組んでいるのに加えて、最近のESG重視の流れもあって、全社的な推進役も担わせてもらっています。

湯川:なるほど、ずっと人材育成などに携わってこられてるんですね。

清水:私自身はそうですね。そしてPPIHがすごいのは、創業者が2011年に書いた企業理念集があるんですが、その中で社員の行動規範として「多様性を認め合う」ということが掲げられているんです。
まだ「ダイバーシティ」という言葉が今ほど広まっていない時代だと思いますが、その頃から当社にはダイバーシティというマインドがあったということで、とても推進しやすく感じています。

湯川:素晴らしいじゃないですか。
うちの会社は企業の女性活躍推進の実施支援をやっていたりするのですが、下手するとただのアリバイ作りみたいになってしまうと感じることもあるんですよね。
「とりあえず役員に女性を入れました」とか。
もっと言うと、女性社員の意見を聞いて、「めんどくさいけど仕方ないからやるか」みたいになって、余計に分断を生んだりしている気もします。
女性が活躍することはダイバーシティの一部であって、全員が活躍しやすいような場をつくることが本来必要なはず。だからまずは「そもそもダイバーシティとは?」というところから意識の共有をしないといけないんだろうなと。


「インクルージョンっていうのは発想が上から目線ですよね」(佐伯さん)


湯川:だから今日もまずは「ダイバーシティってなんだろう?」というところから考えていきたい。
1994年のスペインのサラマンカ宣言というのがあって、それが障害のある方も含めたインクルーシブ教育のスタート、源流だと言われているのですが、そういう意味でもスペインに長く居るゆりちゃんにまずは伺いたいんです。ダイバーシティってなんでしょう?

佐伯:そうですね、ヨーロッパの方たちの「ダイバーシティ」というのは、この地球上の「あるがままの状態」が、ある分野やセクターにいくと一気にそうでない状態になっていることに違和感を感じなきゃいけないんじゃないですか、っていう問いかけだったと思っています。
例えば、この地球上には男性と女性が半々存在し、高齢者も子どももいて、貧困家庭もある、さまざまな民族・人種もある。障害を持っている人もいる。
なのにサッカーの世界に入った瞬間に、そこには男性しかいない、障害を持っている人はいない、高齢者もいない。「それは違和感を感じませんか?」って。

湯川:サッカークラブも企業もそれ自体がコミュニティであって、それは本来は社会の縮図そのまま、というのが当然っていうことだよね。

佐伯:そう。あと、「インクルージョン inclusion」ってよく使われるじゃないですか。私はインクルージョンってどういうこと?と問われたときに、要はエクスクルージョン exclusion じゃないこと、だと思っていて。私たちがこれまでしてきたのはエクスクルージョンだったと思うんですよね。インクルージョンっていうのは発想が上から目線ですよね。だからまずはエクスクルージョンをやめましょう、っていうことだけでずいぶんと社会が良くなるんじゃないかなと。

湯川:順番にインクルージョンしていく、っていうのはインクルージョンじゃないじゃん、みたいな。本来ある状態なのが「エクスクルージョンがない」ってことだと。

佐伯:だと思いますね。だからヨーロッパではそこへの追求をされているんじゃないかって。それが「サッカー界だめだぞ」っていう批判となって現れる。


「『あなたなら出来る』と企業としては背中を押してあげたい」(清水)


湯川:ヨーロッパではずいぶんとそれが進んできてるよね。それってやっぱり投資家の存在も大きいのでは?と思っていて。
清水さん、企業の実感としては、日本だとまだそんな投資家の後押しはない感じですか?

清水:いや、投資の世界も変わり始めていて、日本企業への要求も確実に高まっていると感じます。
経済や金融はこれまで利益や成長への要請が強くて、世の中を良くするっていう観点では十分機能していなかったかもしれないけど、ようやく今それがいい形で機能し始めているんじゃないかって思っています。

湯川:でも実際企業が実現していこうとなると、難しいところもあるんでしょうね。

清水:確かにこれまでは現場では個人や多様性を認めるということと、一定の責任や役割を果たしてもらうということのギャップが相当ありました。
そこで多様性への理解と推進を目的とした「ダイバーシティ・マネジメント委員会」という組織を立ち上げ、様々な働き方を認め合える取り組みを進めています。
例えばですが、結婚して出産された女性の方が店長を務めるというのは現実的に難しいと思われがちだし、実際多くの人たちができないと断っていたと聞きます。
だから今、そのハードルを超えるべく「店長の一部在宅勤務」制度をつくり、トライアルを開始したところなんです。

佐伯:私、「違和感をスルーしない」というモットーがあるので、あえて今感じた違和感を言わせていただくと、「女性店長が」というところがまさにダイバーシティじゃないなって思っていて。
多分、今の話をヨーロッパの人が聞いたら「え?!」ってなると思います。「だって家庭は二人のものだよ、なぜ男性だったら夜勤ができて女性はできないの?」って。

清水:なるほど、そうですよね。

佐伯:日本の家庭の仕組み、歴史が作り上げてきた「母親が育児や家事をする」というのがやっぱり根深くあるんだなあというのはすごく感じますね。

清水:本当にその通りだし、その社会の価値観が女性自身の「私には出来ない」というバリアにもなっているんじゃないかと感じます。
だからこそ会社としては、「世の中がどうであっても、私たちはあなたなら出来ると思っています」というふうに背中を押してあげたい。
実は先程の在宅勤務以外にも、様々な施策が当事者からの発案や相談をきっかけに実現しています。
幸い当社には沢山の社員や、メイトさんと呼ばれるアルバイトの方々がいるので、そういった方々からでも変えていけるという役割を企業は果たすことが出来るのではないかと思います。

託児所が設置されていることと、お父さんが家で子供をみる。どちらが良い社会?

佐伯:そうですよね。WEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)でも託児所の常設を条件にしているんです。
アスリート自身がお母さんであることも多いし、職員も女性が多いので。ただ、「選手が託児所に子供を連れてこなければいけない状態こそおかしいんじゃないか」っていう意見が出た。
「お父さんが家で面倒見たらいいだけじゃないの?」って。より良い社会ってどっち?みたいな話があったりするんですよね。

清水:なるほど、、、確かに。我々としても「女性が家事育児をする」という前提は払拭すべきと思っているので、実は先ほどの在宅勤務のトライアルも、女性だけでなく男女どちらでも利用できるように設定したんです。実際利用しているのも男性が3名、女性が2名。ほんとに小さい一歩かもしれませんが、前に進んだのかなと感じます。


リスペクトが最上位概念にある文化。


湯川:ゆりちゃんは「教えない」を大事にしていて、個人の可能性を認めるという思想がある。

清水:僕も今日はそこを伺いたかったんです。その思想自体がダイバーシティと近いところがあるんじゃないかと。

佐伯:「リスペクト」ですよね。これまで私たち日本人は、人と人との関わり合い、関わり方、みたいなのをちょっと軽視しすぎていたなって思います。
「監督だから、きつく当たってもいい」みたいなことが、見過ごされてきたというか、許されてきたというか。
「いやいや、それって人としての関わり方として正しい?」っていう話が今までなかったんですよね。

湯川:立場で許されることは絶対になくって、人としての常識的な、やりとりでしょう?ってことですよね。

佐伯:ピラミッドをイメージして考えると、西洋文化には一番最上位概念にリスペクトがありますよね。だけど日本はリスペクトって選択制になってるなと思っていて。
なぜならば、リスペクトの上に、先生と生徒、監督と選手みたいな関係性、要は上下関係が更に乗っかってるんですよね。
だからリスペクトというものが尊重されていないのかなって思いますね。

清水:逆に上下関係を外してあげるとすごく伸びる人たちもたくさんいたりしますよね。
いかに様々な人の可能性を最大に引き出してのびのびと活躍してもらえるか、というのが、経営ではある意味全てじゃないかなと思ってるので。

佐伯:そうですよね、そこにいる人の最適化最大化っていうものに、実は可能性がある。

湯川:そして自分自身の得意なことって自分では気がつかないこともある。

佐伯:自己認識ほど当てにならないものはないですからね。

湯川:先ほどの女性がなぜ「出世したくない」っていうのかも、ある意味では自分でジャッジしちゃってるのかも。

佐伯:でもそれは女性だから駄目だと思われてると思い込んでいるかもしれないし、私なんか駄目って本当に思ってるかもしれないし、本当に微妙ですよね。


「自分を生きる」。


佐伯:でも少なくとも、「自分を生きる」ということを、女性は日本の社会においてなかなか許されていない。
スペインの方はよく、「自分を生きろ」って言うんですよ。母であり、嫁であっても、あなたを生きなさいって言われる。
この「自分を生きる」ってものすごいキーワードで大切なことなんだけど、これまでの女性は他人の人生を生きてきた。
母として自己犠牲、妻として自己犠牲。だけど自己犠牲の上に成り立つ幸せや成功はないって私はいつもJリーグのの職員に言ってたんですけど。

湯川:全員の自己犠牲の上に成り立つ組織の幸せもない。

清水:確かに日本だと女性だけじゃないかもしれませんが、「私が我慢してるんだからあなたも我慢しなさい」って言う人は多いのかも。そうすると全体として幸せから遠のいてしまうかもしれませんね。

佐伯:アスリートを見ていて思うのは、もうまさにあの我慢。日本のアスリートは悲壮感が漂ってますね。なんでだろう?と思ってずっと考えていたら、やっぱり彼らがずっと浴びせさせられてきた言葉のシャワーっていうのは、「我慢しろ、踏ん張れ」。一方、西洋のアスリートたちは、「エンジョイ」なんです。エンジョイしてこい、って監督に送り出される、お母さんが迎えに来たらエンジョイした?って聞く。そうやってエンジョイのシャワーを浴びてきたアスリートたちは、矢印が自分に向いてるんですね。だから勝ちたい、やりたい、チャレンジしたい、ちょっと失敗してもう1回やり直そうっていうレジリエンスが自然に湧いてくる。
レジリエンスって他者から押し付けられるものではなくて、自分の中で湧いてくるもの。でもこれはエンジョイの文脈でしか生まれない。「お国のために我慢しろ」って言われる文化で育った子たちは、矢印が他者に向いてるので。「日本で応援してくれている皆さんのために大変申し訳ない」というアスリートに、「いやいや、あなたのために楽しんでくれたらいいよ、それが伝わってくるから大丈夫だよ、そしたらいいパフォーマンスが絶対生まれるから」って言ってあげる大人がいないのかって思いますね。自分を生きるってのはそういうことだし、矢印が自分に向くってそういうこと。

清水:ほんとにその通りですね。僕たち企業は、社会を変えることはなかなかできないですけど、会社にいる方々の背中を押したり、色々な変化を与えたり、アプローチすることはできる。もちろん当社もまだまだ改善する余地はたくさんあるんですけど、企業が役立てることはあるんだなって今日改めて感じました。

湯川:働く現場ですもんね。会社って社員さんにとっての「ピッチ」ですよね。仕事をして自分に誇りを持つ、生きる現場。

佐伯:結局、ダイバーシティって男女の比率がどうとかではなくて、つまるところ何がしたいのかというと、より良い社会、そして人々が幸せであること、それに尽きると思うんですよね。自然とそうなるのが理想だけれど、それには私たちの思考に先入観やバイアスがかかりすぎていて、難しいのも事実。「あいつには無理」とかいう時に、それは本当にそうですか?って問いかけたい。そこから変えないといけないかなって。

湯川:今の中高生たちにも夢を聞くと「言えないです」って言うんですよね。「普段、『夢みたいなこというな』ってずっと言われてきているのに、急に夢を語れ、って言われても無理」って。

佐伯:そういう彼らはやっぱり他人の人生を生きてるんだよね。だから自分は生きていない。もうこれですよね、絶対にそこに幸せな人間は生まれない。自分を生きる。これからの彼らにはそうあってほしいと思います。

(2022年3月、リベルタ学舎の拠点「コミューン99」(兵庫県神戸市)にて)


プロフィール


佐伯夕利子
公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)元常勤理事。一般社団法人日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)非常勤理事。スペインサッカー協会公認ナショナルライセンス監督。UEFA Proライセンス監督。
2003年当時、スペインサッカー界では女性として初めて男子ナショナルリーグ3部リーグの監督に就任。2004年からのアトレティコ・マドリッド女子チーム監督やスカウティングスタッフ・普及育成副部長等を経て、2007年バレンシアCFと契約、強化執行部のセクレタリーとしてスペイン国王杯優勝に貢献。2008年よりビジャレアルCFと契約し以降10年以上フットボール部門に所属。2018年から2022年3月までJリーグ常勤理事。

清水敬太
監査法人や戦略コンサルティング会社を経て、2012年に株式会社スシローグローバルホールディングス(現 FOOD & LIFE COMPANIES)に入社。経営企画などの役割を経て同社上席執行役員 財務経理・投資事業管掌に。2021年に株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングスに入社、現在は取締役 兼 執行役員 CFO。

湯川カナ
早稲田大学在学中、学生起業に参加。Yahoo! JAPAN創設メンバーに。数億円分のストックオプション権を返上し、言葉もわからないスペインへ。10年間、フリーライターとして活動。帰国後、神戸を拠点に、女性や若者を中心とした社会参画を目指す産学官民連携の学びの場「一般社団法人リベルタ学舎」、地域の複業コミュニティ「なりわいカンパニー株式会社」を設立・運営。2018年4月より兵庫県広報官、2021年より兵庫県広報アドバイザー、関西ベンチャー学会理事。

関連記事一覧